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東御門は、駿府城二ノ丸の東に位置する主要な出入口でした。この門は二ノ丸堀(中堀)に架かる東御門橋と高麗門、櫓門、南および西の多聞櫓で構成される桝形門です。桝形門は要所に石落し、鉄砲狭間、矢狭間等をもつ堅固な守りの実戦的な門で、戦国時代の面影を残しています。 東御門の前が安藤帯刀(あんどうたてわき)の屋敷であったことから「帯刀前御門」、また、台所奉行であった松下浄慶(まつしたじょうけい)にちなんで「浄慶御門」とも呼ばれ、主に重臣たちの出入口として利用されました。 慶長年間に築かれた東御門は寛永12年(1635)に天守閣、本丸御殿、巽櫓などと共に焼失し、寛永15年に再建されました。 今回の復元建物は、この寛永年間再建時の東御門・巽櫓の姿を目指し、日本の伝統的な木造工法によって復元したものです。 |
巽櫓は、駿府城二ノ丸の東南角に設けられた三層二重の隅櫓で、十二支であらわした巽(辰巳)の方角に位 置することから「巽櫓」と呼ばれました。駿府城には二ノ丸西南の角に「坤(未申)櫓」(ひつじさるやぐら)もありました。 櫓は戦闘時には戦闘の拠点となり、望楼、敵への攻撃、武器の保管などの役目をもっていました。 焼失後、寛永15年に再建された巽櫓は幕末近くの安政大地震によって全壊してしまったと考えられています。全国の城の櫓建築でも例の少ないL字型の平面 をもち、駿府城の櫓の中では最も高く、“勝れた”櫓であったと言われています。 |
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